蓮見七月の部屋から考察

部屋から考える社会・世間

『アキハバラ@NIGHT』 ニートのてきとうエッセイ

殺人的な暑さの中、この街の人々は生きていた。

自分のしたい格好をして、堂々と確かに歩いていたのだ。

 

友人と食事をするため、私は夕暮れ時に秋葉原へと向かって行った。

駅に着いて降りるとすぐに、おや? と思った。普段見る他の街とこの街は何かが違う。

 

普段使わない駅で降りたのだから当たり前ではあるのだが、間違いなく何かが違った。

この違和感の正体は人だったのだと今になってそう思う。

 

と、言うのも動きが何か、ぎこちなかったりセカセカしている人が多いのだ。

 

もちろん、サラリーマン風の男や学生風の人も居たのだが、変わった動きをする人が多かった。

この動きについて批判的、差別的な感情は全く起きない。それどころか、私は好ましい印象を受けた。

 

歩いて私とすれ違う人々が、何やら楽しげなのである。何かを期待して、駅を降りた人が多いのだ。

 

ホームから移動して改札を探す。

私が出たのは昭和通り改札だった。

 

多くの人が粋かい楽しげに何かについて話している。

若い男女、それも決して恋人風ではないペアが何処へ行こうかと話し合う。

服装や年齢からは何の繋がりも見いだせない集団が○○へ行こうと相談している。

 

別々に集まったはずなのに示し合わせたかのように、似た様な服装になっている集団もあった。

彼らは服に頓着しない。

これは悪い意味では決してない。

きっと彼ら彼女らには服装よりも気になる事があるのだから。

 

そればかりではなく、逆に服装それ自体が目的らしい人も居た。

私は長身の女とすれ違った。

真っ赤な口紅にカールした長い黒髪、暑いのにロングスカートを履いていた。

 

 

彼女が通り過ぎる時、私はようやく彼女が”彼”であることに気が付いた。

暑いのにロングスカートなのはきっと足に着いた筋肉を隠すためだ。

 

気付いてから私は彼をもう一度見た。

やはり”彼”だったのだが、彼に驚いているのは私だけだった。

 

同じく秋葉原で降りた人々は彼の事を気にしない。

当たり前だと言わんばかりに彼をこの街の雰囲気が包み込んで溶かしていたのだ。

 

異常なのは私だった。令和のこの時代、いや、その他の時代であっても人は好きな格好をしていいはずだ。

当たり前のことを改めて私は実感した。

すると、目の前を通り過ぎるゴシックロリータ風の女子大生も気にならない。

むしろ、その自由を謳歌する姿勢が美しく見える。

 

酷暑の中、この街の風通しのよさを感じてから、私は食事のために店へ向かった。

 

昭和通りという古臭い、ともすれば蔑称の様な名前のワリに、電子機器を扱う店が多かった。データ修復をやると言う店もあった。

 

名前とのギャップに感心しながら店に着き、友人と会い、焼き鳥を食べ、酒を飲み、恋人に関するありきたりな話をした。

 

店を出ると完全に日は落ちていた。

酔うと肌が少し張る。そこに夜の風が当たると何とも気持ちいい。

 

人通りは少ないが、笑っている人が多かった。この街の人気を彼らの笑顔が証明している様だった。

そう言う街の景色を見ると、私は帰りたくなくなった。

 

友人に「少し歩きたい」と私が言うと、彼は電気街の方へ行こうと私を誘った。

そこにあるゲームセンターに彼は行った事があるらしかった。

 

歩きながら、私は彼に以前聞いた秋葉原についての知識を披露した。

「AV女優が握手会をやってたらしいよ」

今思うと、酔い任せのくだらない話題だった。

彼は「いいねぇ行ってみる?こんど」と答えてくれた。

「誰が好き?」

私が訊くと「恥ずかしいから教えない」と言われてしまった。

セクハラだったかもしれない。

 

すでに夜の10時だった。人が少ないのはコロナの影響だったりするのだろうか。

「オタクって人種は早寝なのかもしれないね」と友人は言っていた。

 

電気街へ近づくとメイドさんと中年男性が道端で会話していた。なぜか私はその光景を見て安心していた。

 

私は普段、メイドさんとは無縁の生活を送っている。

だからメイドさんの可愛さに驚いた。それから彼女らが楽しそうなのにも驚いた。

もちろん営業スマイルの可能性もある。でも彼女たちの中に心から秋葉原が嫌いだと言う人はいない気がした。

 

彼女たちの営業は他の街にいるアヤシゲな勧誘と比べて無垢だった。

積極的に私たちに声を掛けず、むしろ声を掛けてもらいたい風でもあった。

それがまた可愛らしい。

 

ところで、眼帯をしたメイドさんも居たのだけれど、いったいどうしたらメイド服に眼帯などと言う天才の閃きを発揮することができるのだろうか?

 

「ここだよ」

考えてるウチに目的地に着いたらしい。

ゲームセンターはビルのように縦に伸び、電子看板が夜空の中に目立っていた。

 

早速中に入るとラフな格好の中年男性がクレームゲームをプレイしていた。

仕事を終わらせ、着替えてから遊びに来たのだろうか?

 

彼を通り過ぎ、レトロゲームのある2階へ向かう。

エスカレーターに乗っていると艦これ(ソーシャルゲームのタイトル)のビスマルク(登場する美少女キャラクター)がこちらを見ていた。

 

面白いのは彼女のそばに書かれた数字だ。

今時こんなことを言うと怒られるかもしれないが、セクシーな女の子の隣に置かれた数字と言えば、スリーサイズに決まっている。

そうでなければ、身長や年齢である。

 

しかしビスマルクの隣の数字はモチーフとなった戦艦に備え付けられた大砲の大きさだった。

これには鉄血宰相もあの世でビックリしているはずだ。

 

2階に着くと多くのレトロゲームが青い光を発していた。

私は友人に勧められて軍人が敵兵や戦車を倒す横スクロールゲームをプレイした。

イージーモードでボスを一体倒しただけだが悪くなった。

台に着いたあのレバーとボタンをガチャガチャ動かすのが気持ちよかった。

 

友人はと言うと、対戦型のゲームを私の前でやってくれた。

彼が負けたあと、対戦相手が向かいの台に居ると知って驚いた。

そう言えば、フロア内で中年の、髪の薄くなった男性が、若い男に声を掛けていて不思議だった。

なぜ見知らぬ人と挨拶を? あれは試合後の握手だったのだ。

 

一通り見て回った後、私たちは帰ることを決めた。しかしどうにも私はこの街から出たくなかった。

 

思い思いの格好で歩き、各々が好きなモノやコトを求める。

この雑多な人や店のアナーキーさを私は好きになってしまっていたのだ。

 

「少し歩かない?」

言い訳もせずにこう言うと友人も同意してくれた。

 

私たちは上野駅に向かって行った。

 

お客さんと路上で話すメイドさんや座り込んでカタコトの日本語を操り話す外国人。

彼らとすれ違い、背を向けるのは寂しかった。

 

SNSや世間体に監視される現代で、もっとも開かれた場所。

今夜はここの少し冷めたアスファルトの上で寝てしまっても良いと私は思った。

 

しかし私にそんな勇気は無く、私の夢想と秋葉原という自由の街は歩みと共に遠ざかった。

 

どんどんどんどん上野駅に近づいて、、奇抜な格好の人はいなくなる。

アニメの広告も電子部品の店も減り、一般人の思う”マトモ”な世界になってきた。

 

電車に乗り、友人と別れ、私は地元の駅にたどり着く。

周りに居るのは大学生やサラリーマン。みんなどこかで見た顔だ。

 

大きく息を吸い込むとロータリーに植えられた木々の香りが鼻の穴に滑り込む。

 

帰って来た。旅行に行ったワケでも無いのに、あの帰宅したときに感じるな懐かしさがあった。

 

でも私は、あの雑多で自由なアキハバラという街で、大の字になって眠りたかった。

車も人も、社会の事も世間体も全て忘れ、何にも縛られずに夜の空を見つめたかった。