掌説『メイドと僕の虚しい毎日』
冷気が顔と肌に直接当たって、僕は起きた。霞がかった朝だった。隣のメイドは肌を晒してまだ眠っている。僕はシーツをそっと掛けた。
ベッドから出て立ち上がると、木造の床が軋んで音が鳴った。
白い陶器で出来た水差しを手に取ってコップに水を注ぐ。
背中の方でもう一度、床が軋んだ。サキはもうメイド服を着て立っていた。
「飲む?」
朝日が窓から差し込んでいた。コップを受け取ったサキは綺麗に映ったが、仕事が始まると思うと憂鬱だった。
「大丈夫ですよ。坊ちゃんなら」
背の高いサキが言うとまるで母の様だった。あの死んだクソ女とは違って慈しみと母性がある。
だからこそ彼女の言葉は慰めに過ぎないと理解できた。父の遺した会社がかつての輝きを取り戻すことはないだろう。
サキともいつまで一緒に居られるか分からない。黒くて艶やかな長い髪と白い柔肌。サキとは一瞬だって離れたくない。
「大丈夫ですよ」
サキは水を口に含んだ。それから僕にキスをした。
唇は冷たいが舌は熱い。
口内の暖かさでぬるくなった液体が、舌の上をゆったりと流れる。そのあとサキの舌が蛇の様に絡みついた。
お互いの口から水分が完全に消え去ると僕らはやっと唇を離した。
「ね? 大丈夫ですよ」
しばらく僕らは愛撫し合って、素知らぬ顔で仕事場へ行った。